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千葉地方裁判所 昭和60年(行ウ)14号 判決 1990年1月29日

主文

一  原告らの被告半澤良一に対する主位的請求にかかる訴え及び被告千葉県市町村総合事務組合に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告半澤良一に対する予備的請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告半澤良一は、被告千葉県市町村総合事務組合に対し、金一五二七万一二〇〇円及び内金一四七九万三九七五円に対する昭和五九年九月三日から、内金四七万七二二五円に対する昭和六〇年二月一七日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告千葉県市町村総合事務組合は、原告らに対し、金二二一万七一二〇円及びこれに対する本判決言渡しの日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告半澤良一の負担とする。

二  被告半澤良一

(本案前の答弁)

1 原告らの被告半澤良一に対する訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

1 原告らの被告半澤良一に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告千葉県市町村総合事務組合

(本案前の答弁)

1 原告らの被告千葉県市町村総合事務組合に対する訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

1 原告らの被告千葉県市町村総合事務組合に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは館山市の住民、被告半澤良一(以下「被告半澤」という)は同市の市長、被告千葉県市町村総合事務組合(以下「被告組合」という)は、館山市を含む千葉県内の市町村及び市町村の組合をもって組織し、当該市町村等の常勤職員に対する退職手当の支給等の事務を処理する地方自治法(以下「法」という)二八四条所定の一部事務組合である。

2  被告半澤は、昭和五九年九月一一日、館山市職員で、同市開発公社(以下「公社」という)に出向し、公社に在籍していた訴外鈴木懋(以下「鈴木」という)からの退職願いにより、同人に対し退職承認処分(以下「本件退職承認処分」という)をした。

ついで、被告半澤は、昭和五九年九月一二日、被告組合の組合長(以下「組合長」という)に対し、鈴木の普通退職扱いによる退職手当支給申請書を提出し、同月二二日、被告組合は鈴木に退職手当額として一四七九万三九七五円を支給し、さらに、被告半澤は、昭和六〇年二月四日、鈴木の給与改定に伴う退職手当の差額の支給申請を行い、被告組合は同年二月一六日、四七万七二二五円を鈴木に支給した。

3  右退職手当の支給は次のとおり、違法な公金の支出である。

(一) 鈴木は、公社職員課長補佐として在職中の昭和五六年一二月ころ、自己の債務の返済に当てる目的で、架空の土地売買契約書、領収書等を偽造し、売買代金名下に、公社より、一七三三万円の支出を受け、この金員を自己の債務の返済に当てる等して費消した。

鈴木の右行為は、公文書偽造、同行使、私文書偽造、同行使、詐欺もしくは業務上横領の各犯罪に該当するものであり、地方公務員法二九条一項各号所定の懲戒事由に該当し、懲戒免職処分に付されるのが相当であった。

(二) しかるに、被告半澤は、右違法行為が、昭和五九年八月に発覚したにもかかわらず、鈴木に対して何らの懲戒処分もせず、本件退職承認処分をした。右処分は、被告半澤の懲戒処分についての裁量権を逸脱した無効ないし違法な処分である。

(三) このように、本件退職承認処分は無効であるから、これに基づく被告組合の鈴木に対する退職手当の支給も違法な公金支出である。

すなわち千葉県市町村職員退職手当条例(以下「退職手当条例」という)八条一項一号によれば、地方公務員法二九条の規定による懲戒免職の処分またはこれに準ずる処分を受けた者には退職手当を支給しない旨規定されているところ、鈴木は前記のとおり懲戒免職処分に付されるべき者であるから、退職手当の支給をなしえない者である。したがって、鈴木に対する退職手当の支給は、正当な支給事由を欠いた違法な公金の支出というべきである。

4  被告半澤の責任

(主位的請求)

被告半澤は、次のとおり法二四二条の二第一項四号前段の被告組合の「当該職員」(以下、単に「当該職員」という)として損害賠償責任を負う。

(一) 被告組合は、本来構成団体たる普通地方公共団体の固有の事務であった退職手当支給事務を共同処理するために設立された組合であり、被告組合と構成団体である館山市との関係は密接・緊密な関係を有しており、構成団体の長の事務と、被告組合の事務とは有機的、一体的に結合して、退職手当支給手続を構成している。

すなわち、退職手当の支給手続は、退職手当条例、同施行規則(以下「規則」という)に定められているが、右規定によれば、構成団体の職員の退職手当は、その構成団体の長の支給申請に基づき、組合長が支給することとされている(規則三条、六条一項)。しかしながら、本来退職手当の支給事務は、普通地方公共団体の長の権限に属するところ、一部事務組合である被告組合が設置されたため、その権限が請求に関する権限と支給に関する権限に形式上分離されたにすぎない。また、組合長は、支給決定をするについて審査をすることになっているが、その審査は、提出された退職手当支給申請書及び各添付書類の書類審査を原則とし、これを補助する目的で退職手当の受給者、市町村長、事務担当者の出頭を求め、必要な書類の提出を求めることができるにすぎない(規則四条一項、六条二項)から、組合長の審査権は、書類審査としての制約上、当該申請手続が、所定の要件を具備しているかどうかを形式的に審査するにとどまり、構成団体の長がなした退職承認処分の有無について調査権を有するのみで、退職承認処分の違法性についての審査権はない。

この関係を実質的にみると、構成団体の長である被告半澤と組合長とは、普通地方公共団体における、長と出納職員との関係と同じであって、被告半澤の退職手当支給申請は、支出命令に、組合長の支出は、右支出命令に基づく支出に該当する。

したがって、被告半澤は、退職手当支給手続に関して、法二四二条の二第一項四号前段にいう「当該職員」に該当するというべきである。

(二) よって、被告半澤は、被告組合の財務会計上の権限を有する職員として、鈴木に対する退職手当を違法に支出させ、被告組合に対し同額の損害を与えたものというべきであるから、これを賠償する責任がある。

(予備的請求)

仮にそうでないとしても、被告半澤は法二四二条の二第一項四号後段の「怠る事実に係る相手方」として不法行為による損害賠償責任を負う。

すなわち、被告半澤は、鈴木に対して退職手当を支給できないことを知り、または知り得たにもかかわらず、鈴木に対して退職手当の支給をなさせる意図のもとに、あえて本件退職承認処分を行ったうえ、組合長に対して、退職手当支給申請を行い、組合長をして、鈴木に退職手当を支給させて、被告組合に対し同額の損害を与えたものであるから、これを賠償する責任があるところ、被告組合は、右請求権の行使を怠っている。

5  監査請求

原告らは、鈴木に対する退職手当及びその差額の支給は違法な公金の支出であるとして、昭和六〇年八月二六日、被告組合の監査委員に対し、法二四二条に基づき、被告半澤に対して被告組合の被った損害の賠償請求を行うべきこと等を内容とする監査請求をした。

被告組合の監査委員は、昭和六〇年一〇月二三日付書面により、原告らに対し、請求は理由がない旨の監査結果を通知した。

6  被告組合に対する請求

原告らは、原告ら訴訟代理人らに本訴遂行を依頼し、手数料、報酬として、二二一万七一二〇円を支払うべきことを約し、同代理人らに対して、右同額の債務を負担した。

7  よって、原告らは、被告半澤に対し、主位的に法二四二条の二第一項四号前段に基づき、予備的に法二四二条の二第一項四号後段に基づき、被告組合に代位して、一五二七万一二〇〇円及び内金一四七九万三九七五円に対する不法支出の翌日である昭和五九年九月三日から、内金四七万七二二五円に対する右同昭和六〇年二月一七日から、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を被告組合に支払うこと、並びに、被告組合に対し、法二四二条の二第七項に基づき、二二一万七一二〇円及びこれに対する本判決言渡しの日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を原告らに対して支払うことを求める。

二  本案前の主張

(被告半澤)

主位的請求について

1 法二四二条の二第一項四号前段の「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、その反面およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解するのが相当である(最高裁判所昭和六二年四月一〇日判決参照)。

被告組合は館山市とは別個独立の特別地方公共団体であり、館山市の市長である被告半澤は、被告組合の執行機関ないし補助職員たる地位にはないし、被告組合の退職手当支給につき支出負担行為、支出命令、支出に関する権限を全く有していない。

被告半澤の本件退職承認処分及びこれに基づいて行った退職手当支給申請は、法二四二条一項に規定された監査請求の対象となる財務会計上の行為にも該当しない。

したがって、被告半澤は被告組合の「当該職員」に該当しない。

2 原告らは、組合長を「当該職員」とし、組合長の行為を監査対象として被告組合の監査委員の監査請求を経たのみで、被告半澤を被告組合の「当該職員」とする請求については、監査請求を経ていないから、右請求にかかる訴えは不適法である。

3 仮にそうでないとしても、法二四二条の二第一項四号後段の「怠る事実に係る相手方」に対する不法行為上の損害賠償請求と、同号前段の「当該職員」に対する損害賠償請求とは、訴訟物が異なるところ、原告らは、当初、前者のみの請求をしていたものであり、原告らが後者を請求したのは、早くても昭和六一年四月七日であったから、右後者の請求にかかる訴えは、法二四二条の二第二項一号所定の出訴期間を経過して提起されたものというべく、不適法である。

(被告組合)

1 法二四二条の二第七項は、勝訴した場合に弁護士報酬を請求できる旨規定されているから、被告組合に対する訴えは将来の給付の訴えであるが、原告らが予め給付判決を得ておく必要はなく、訴えの利益がない。

2 原告らの被告半澤に対する主位的請求にかかる訴えは、次のとおり不適法として却下されるべきであるから、右訴えの勝訴を前提とする被告組合に対する訴えも不適法として却下されるべきである。

(一) 被告組合は、昭和三〇年一〇月二八日、千葉県市町村総合事務組合規約(千葉県告示第四九六号、以下規約という)により設立された特別地方公共団体たる一部事務組合であり、館山市外千葉県内の市町村及び市町村の組合などを構成員として組織され、退職手当の支給事務の外九つの事務の共同処理をしているものである。

被告組合の設立により、共同処理することとされた事務は構成員である地方公共団体の権限から除外されたから、館山市の常勤職員に対する退職手当の支給事務も、被告組合に移され、館山市の権限ではなくなった。規則によれば、構成団体の長は、退職者が出た場合、組合長に対して、退職手当支給申請書を提出しなければならないとされている(三条)が、これは退職手当支給事務ではなく、また被告組合の事務でもない。

組合長は、退職手当支給にあたり、館山市長たる被告半澤の行う退職承認処分については、これを審査する権限はなく、ただこれに無効を来すような重大かつ明白な瑕疵がある場合に審査権を有するのみである。

これに対し、退職手当の支給については、組合長は、審査のために必要があるときは、退職手当の支給を受ける者、市町村若しくは事務担当者の出頭を求め、またはこれらの者から必要な書類を提出させることができる(規則六条二項)ほか、退職手当支給受給者が虚偽の申立て若しくは届出をし、又は正当な理由なくして出頭を拒み若しくは書類の提出をしないときは退職手当の支給を差止又は既に支給した退職手当の返還を命ずることができる(規則七条)など、実質的審査権を有する。

被告半澤の本件退職承認処分は館山市の人事上の事柄であり、法二四二条一項に規定された監査請求の対象となる財務会計上の行為ではない。したがって、形式的にも実質的にも、被告半澤を被告組合の「当該職員」とみる余地はない。

(二) 館山市の市長である被告半澤を被告組合の「当該職員」とみる余地がないことは右のとおりであるから、監査制度の趣旨に鑑み、被告半澤の行為に対しては、監査権限を有する館山市の監査委員の監査請求を経るべきである。しかるに、原告らは、館山市の監査委員の監査請求を経ていないから、右訴えは不適法である。

三  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1  原告らは、本件退職承認処分それ自体を対象としてその効力を争うものではなく、退職手当の支給という財務会計上の行為が違法であることの理由として、退職手当支給行為の直接の原因行為に立つ本件退職承認処分の違法性を問題にしているにすぎないから、このことを前提とする被告らの主張は失当である。

2  そして、被告組合が行った退職手当の支給が違法であると主張しているのであるから、被告組合の監査委員の監査請求を経るべきであって、館山市の監査委員の監査請求を経るべきではない。

被告組合は、この場合、館山市の監査委員の監査請求を経るべきであると主張するけれども、もしそのように解するとすれば、館山市の監査委員は被告組合の退職手当支給について何らの監査権限を有しないから、そのような監査請求はなし得ないことになり、一方、被告組合の監査委員に対する監査請求は経ていないこととなるから、被告組合の退職手当支給に関しては住民訴訟が提起できないこととなるが、このようなことは、住民訴訟制度の趣旨、目的に照らして誤りである。

四  請求原因に対する認否及び主張

(被告半澤)

1 認否

(一) 請求原因1、2、5は認める。

(二) 同3のうち、鈴木が、自己の債務弁済のため、公社から架空の売買代金名下に一七三三万円の支出を受けたこと、右違法行為が昭和五九年八月に発覚したこと、退職手当条例八条一項一号に、懲戒免職処分またはこれに準ずる処分を受けた者は退職手当を支給しない旨の規定があることは認め、その余は争う。

本件の場合、先行行為たる本件退職承認処分(非財務的行為)と後行行為たる退職手当支給行為(財務的行為)とが異なる地方公共団体によりなされているのであるから、仮に本件退職承認処分が違法であったとしても、その違法が被告組合の行った退職手当支給行為を違法ならしめることはない。

(三) 同4は争う。

2 主張

予備的請求について

(一) 被告半澤は、被告組合に対して、鈴木の退職を承認するにつき、これを適切・妥当になすべき注意義務を負ってはいないから、被告組合に対して損害賠償責任を負うものではない。

(二) 被告半澤は、公権力の行使として本件退職承認処分をしたものであるから、個人として被告組合に対して損害賠償責任を負うものではない(国家賠償法一条)。

(被告組合)

1 認否

(一) 請求原因1、2、5は認める。

(二) 同3のうち、退職手当条例八条一項一号に、懲戒免職処分またはこれに準ずる処分を受けた者は退職手当を支給しない旨の規定があることは認める、鈴木が自己の債務弁済のため、公社から架空の売買代金名下に一七三三万円の支出を受けたこと、右違法行為が昭和五九年八月に発覚したことは知らない、その余は争う。

(三) 同4は争う。

(四) 同6は知らない

2 主張

被告組合の鈴木に対する退職手当の支出が違法と言うためには、本件退職承認処分に、処分の不存在、処分権限の欠缺、その他処分の無効を来すような重大かつ明白な瑕疵がある場合でなければならないというべきところ、被告半澤の本件退職承認処分は公定力を有し、これに重大かつ明白な違法は認められないから、組合長は右処分を有効なものとしてこれに従わざるをえない。

そして、仮に、本件退職承認処分が違法であったとしても、館山市と被告組合とは別個の地方公共団体であるから、被告半澤の行為の違法性を組合長が承継するものではない。

したがって組合長が行った退職手当の支出は違法ではないから、被告半澤に対する損害賠償請求権は生ぜず、被告組合がその請求権の行使を怠ることはありえない。

第三  証拠<省略>

理由

一  原告らが館山市の住民であり、被告半澤が同市市長であること、被告組合が館山市を含む千葉県内の市町村及び市町村の組合をもって組織し、当該市町村等の常勤職員に対する退職手当の支給等の事務を処理する一部事務組合であること、被告半澤が、昭和五九年九月一一日、鈴木に対して本件退職承認処分をし、同月一二日、被告組合に対し、鈴木の普通退職扱いによる退職手当支給申請書を提出し、同月二二日、被告組合が、鈴木に退職手当として一四七九万三九七五円を支給し、次いで被告半澤は昭和六〇年二月四日、鈴木の給与改定に従う退職手当の差額の支給申請を行い、被告組合が、同年二月一六日、四七万七二二五円を鈴木に支給したこと、退職手当条例八条一項一号には、地方公務員法二九条の規定による懲戒免職の処分またはこれに準ずる処分を受けた者には退職手当を支給しない旨の規定があることは当事者間に争いがない。

二  鈴木が、公社在職中から公金を支出させ、自己の債務の返済に当てて費消したこと、右事実が昭和五九年八月ころ明らかになったことについては原告らと被告半澤間において争いがなく、右事実は、<証拠>によりこれを認めることができる。

三  被告半澤に対する主位的請求について

1  右請求にかかる訴えは、原告らが法二四二条の二第一項第四号前段の規定に基づいて、被告組合に代位して被告半澤に対し、損害賠償を求める住民訴訟であるが、住民訴訟が自己の法律上の利益にかかわらない当該地方公共団体の住民という資格で特に法によって出訴することが認められている民衆訴訟の一種であることにかんがみると、当該訴訟において被告とされている者が、当該訴訟において被告とすべき同条所定の「当該職員」たる地位ないし職にある者に該当しないと解されるとすれば、かかる訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法といわざるを得ない。

そして住民訴訟制度が法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為または怠る事実を予防または是正し、もって地方財務行政の適性な運用を確保することを目的とするものと解されることからすると、同条に定める「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を、法令上本来的に有する者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、その反面およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解される(最高裁判所昭和六二年四月一〇日第二小法廷判決民集四一巻三号二三九頁参照)。

2  そこで、本件についてこの点をみるのに、<証拠>によれば次の事実が認められる。

(一)  被告組合は、館山市を含む千葉県内の市町村及び市町村の組合のうち一部を除く団体(以下「組合市町村」という)を構成員とし、それらの団体の常勤職員に対する退職手当の支給に関する事務等を共同処理するため、昭和三〇年一一月一日施行の規約に基づき設置された法二八四条所定の一部事務組合であり、その組織、事務処理のために、各種の条例、規則が制定されている。

これによれば、被告組合の議決機関として、組合市町村の長の互選によって選出される議員によって構成される組合議会があり(規約五条、六条)、執行機関として、組合議会において選出される組合長、副組合長のほか、事務局、監査委員が置かれている(同一〇条、一一条、一二条、千葉県市町村総合事務組合課設置条例)が、収入役は置かず、組合長がその事務をつかさどることとされている(規約一〇条)。また、組合長の代理、代決者については、その順序が定められており(同一〇条、千葉県市町村総合事務組合の組織、処務及び財務に関する規則)、組合市町村やその長が被告組合の事務を行うことはない。なお被告組合の経費は、組合市町村が納付する負担金等によってあてられることとされている(規約一三条、一四条)。

(二)  退職手当の支給要件及び支給手続きについては、退職手当条例(昭和三〇年一一月一日条例第一号)、同施行規則(昭和四三年六月一日規則第一号)が設けられており、右規則によると

(1) 組合市町村の長は、当該市町村の職員が退職したときは、すみやかに職員在職中の履歴書又は人事記録の写しを添付するほか、場合により規則四条各号所定の書類を添付したうえ、退職手当支給申請書を組合長に提出しなければならない(三条、四条)。

(2) 組合市町村の長は、当該市町村の職員が退職した場合において、その者が退職手当条例八条の規定に該当し、退職手当が支給されないこととなるときは、職員退職(免職・失職)報告書を、組合長に提出しなければならない(九条二号)。

(3) 組合長は、退職手当の支給を決定したときは、組合市町村の長を経て退職手当を受けるべき者に対し退職手当支給決定通知書を交付する(六条一項)。

(4) 組合長は、審査のため必要があると認めるときは、退職手当の支給を受ける者又は組合市町村の長若しくは事務担当者の出頭を求め、又はこれらの者から必要な書類を提出させ(六条二項)、退職手当の支給を受ける者が虚偽の申立て若しくは届出をし、又は正当な理由なくして六条二項の規定による出頭を拒み若しくは書類の提出をしないときは退職手当の支給を差止め又は支給した退職手当の返還を命ずることができる(七条)。こととされている。

3  以上のような点に照らして検討すると、被告組合は、館山市だけでなく、同市を含む多数の組合市町村の常勤職員に対する退職手当の支給に関する事務やその他の事務を共同処理するために設置されたものであって、独自の議決機関、執行機関を有し、かつ、事務執行のための各種の条例、規則を有する特別地方公共団体であるから、館山市とは別個独立の存在であり、組合市町村の長である館山市長は、被告組合の議会の選挙権、被選挙権を有するだけで、被告組合の事務の執行に関与する地位を与えられていないのである。そして、退職手当の支給事務に関しても、組合市町村の長が支給申請書を作成して被告組合に提出するだけであって、その支給事務について何らかの具体的な権限を付与されている訳ではなく、その権限の委任を受けているものでもない。また、被告半澤が、鈴木の退職手当支給に関し、何らかの権限を、被告組合長から付与されていたとも認められない。

そうすると、鈴木の退職手当支給事務に関する権限は、全て組合長が有するのであって、被告半澤は、これを行う権限を、法令上本来的に有する者とも、これらの者から権限の委任を受けるなどしてその権限を有するに至った者ともいえない。

原告らは、退職手当の支給事務は、本来普通地方公共団体の長の権限に属するところ、一部事務組合である被告組合が設置されたため、その権限が形式上分離されたに過ぎず、実質的にみても組合長は組合市町村の長からの支給申請について形式的な審査権しかなく、支給申請されれば必ず支給すべき関係にあるから、被告半澤は、鈴木の退職手当支給事務に関する権限を有すると主張するけれども、前示のとおり館山市と被告組合の関係は別個独立の関係にあるのであって、権限が形式上分離されたに過ぎないということはできないし、また、組合長はその権限と責任において退職手当の支給を行うのであるから、もし仮に、組合市町村の長からの支給申請について、組合長が何らの審査もしないで支給する取扱いが事実上行われたとしても、それについて組合長の責任があることは別論として、このことによって組合市町村の長に何らかの権限があるとみるべきものではない。

したがって、本件の場合、被告半澤は法二四二条の二第一項四号前段にいう「当該職員」に該当しないというべきであるから、この点に関する原告らの主張は採用できず、主位的請求にかかる訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法であるというほかはない。

四  被告半澤に対する予備的請求について

原告らは、被告半澤は、法二四二条の二第一項四号後段の「怠る事実に係る相手方」として、不法行為による損害賠償責任を負うところ、被告組合はその請求権の行使を怠っていると主張するので、その当否について検討する。

ところで、国家賠償法一条一項によれば、公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解すべきであり(最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決民集九巻五号五三四頁、同昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決民集三二巻七号一三六七頁等参照)、この理は、被害者が他の公共団体である場合にも異ならないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告らが右請求において、被告半澤の不法行為であると主張する行為は、本件退職承認処分及び退職手当支給申請行為であるが、これらの行為は、館山市の公権力の行使に当たる公務員である市長たる被告半澤が、その職務として行った行為であるから、仮にこれについて故意又は過失があり、これによって被告組合が損害を受けたとしても、国家賠償法一条により、館山市が被告組合に対して賠償責任を負うことになるのであって、公務員個人である被告半澤がその責任を負うものでないといわなければならない(その場合に、被告半澤が館山市に対して求償責任又は不法行為責任を負うことがあるか否かは別個の問題である)。

そうすると、原告らの予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がなく、棄却を免れない。

五  被告組合に対する請求について

被告組合に対する請求は、被告半澤に対する請求が認容されることが前提となるところ、前示のとおり、被告半澤に対する主位的請求にかかる訴えは、不適法として却下されるべきであり、また、被告半澤に対する予備的請求は、理由がなく、棄却されるべきであるから、被告組合に対する訴えは、不適法というべきである。

六  以上のとおり、原告らの被告半澤に対する主位的請求にかかる訴え及び被告組合に対する訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下し、原告らの被告半澤に対する予備的請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村田長生 裁判官 本間健裕 裁判官 小野洋一は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 村田長生)

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